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"糸井 「状況に対する自分」ということで言うと、
今度の震災のあと‥‥4月くらいかな、
ぼく、ツイッターでこういう発言をしたんです。

ぼくは、自分が参考にする意見としては
「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。
「より脅かしてないほう」を選びます。
「より正義を語らないほう」を選びます。
「より失礼でないほう」を選びます。
そして
「よりユーモアのあるほう」を選びます。
山岸 ほう。
糸井 たとえば「スキャンダラス」というのは、
「最近、鼻血が出るのは放射能の影響だ」
みたいな、
「大変だぞ!」と思わせて
人を動かそうとする発言のことです。

でも、少し調べれば
それが「嘘、あるいは嘘の可能性が高い」と
すぐにわかるんです。
山岸 ええ、ええ。
糸井 だから、あまりにスキャンダラスだなと
感じた場合は、
「本当なのかもしれないけど、
 ちょっと落ち着こう」
と、思うようにしているんです。
山岸 正しい考えだと思いますね。
糸井 「より脅かしてないほう」というのも、同じ。

「こうしないと、大変なことになる!」
と、ぼくらを脅してくる言葉とは一線を置く。
山岸 うん、うん。
糸井 また「正義」の名のもとに
ひとつの選択肢を
選ばせようとする言いかたも、違うと思う。

選択肢というのは、たくさんあるわけだし、
だから
「より正義を語らないほう」を選ぶんです。
山岸 なるほど。
糸井 つまり、人の選択肢を狭めようとしていたり、
考えることをやめさせようという
意図のある言葉には、
「あ、気をつけよう」と思うようにしていて。
山岸 ‥‥ユーモアのあるほう、というのは?
糸井 ユーモアって、
一生懸命に考えないと出ないんですよ。

あわてて、焦って発言している人の言葉には
ぜったいユーモアは混じらない。

そのことも、
誰かの意見を参考にするときの、ぼくの基準。 "

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ほぼ日刊イトイ新聞 - 「しがらみ」を「科学」してみた。 (via gumbor)

(misokaから)

naglly:

ロックコンサートにおける観客の変遷

(misokaから)

"「好き」は理性ではなくエモーショナルな部分に依存する。だからたいていの場合、本当に「好きなこと」「好きなモノ」「好きな人」に関して、わたしたちは他人に説明できない。なぜ好きなの?どう好きなの?と聞かれても、うまく答えられないのだ。「好き」が脳の深部から涌いてくるもので、その説明を担当するのは理性なので、そこに本来的なギャップが生まれるからだが、逆に他人にわかりやすく説明できるような「好き」は、案外どうでもいい場合が多い。"

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無趣味のすすめ - 情報考学 Passion For The Future

これはスゴイ。確かにそうだ。

(via whatsmyscene)

(via technohell)

(via naoquixote)

(via yasunao) 2009-07-18

(via writerman-js)

(via myimpress)

(via strsy)

(via hatoco)

(via diegoro)

(via pipco) (via jamjamjam3)

(via komahiko) (via mnak) (via yanashu) (via kyohei28)

(via woofoofoo) (via hisofx) (via ito1973) (via niyata2807) (via a2onaka) (via usaginobike) (via yellowblog) (via handa) (via nemoi) (via k32ru) (via kirisaki) (via non117) (via rio-t) (via iori)

(via misoka)

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blackcatsbox:

「どぎ☆まぎバレンタイン」さよならポニーテール

〜甘くとろけるような 恋の呪文 魔法にかけたい〜

Baby あなたに あげたい 浮気なこころに あげない    
甘いお菓子を ちょうだい 揺れてるこころに あげない
Baby あなたを ちょうだい 一途なあなたに あげたい
甘くて優しいChocolatを Happy Valentine’s Day

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「にもかかわらず、カカオの実から作るこの得体のしれない飲み物、チョコレートーーそれはマヤの言葉で ” カカオの水 ” を意味する、カカワトルに由来しているというーーは不思議なことに、気味悪がられれば気味悪がられるほど、多くの人びとに受け容れられていったのだ。最初に夢中になったのは女たちだった。」(「赤の他人の瓜二つ」磯﨑憲一郎)

"「若者の○○離れ」を見るたびに、「万年筆は、ブログやメールに賛成です。」というコピーを打ったPILOTは偉大だと思う。伝えたくて言葉を綴るのは手書きもデジタルも一緒。大切な言葉を手で書きたくなったとき、PILOTはいますよって。いいもの作ってるんだって自信が感じられて素敵。"

- Twitter / tatutahime (via yellowblog)

(radioyaから)

"

とはいえ最近思うのは
近ごろ耳にするJ-POPの歌詞は
日増しに直接的になっているなということ

この現状を世の音楽評論家の皆さんや
音楽業界人の皆さんはこぞって
「わかりやすさの時代」だとか
「共感の時代」と呼んでいるけれど

そういう簡単なことではなくて
現場でずっと歌詞を書き続けている
僕の意見としては

今の時代に音楽を聴く人は
音楽を娯楽や趣味ではなく
薬だと思っている人の方が多くて
その効き目を強く求めている時代なんだ
ということではないかなと思います

聴き手が傷心や挫折や失恋や失望や
そういう普段の暮らしで生じた困難に
よりよく「効く」薬を求めている
ということではないかと思うのです

でも音楽にお医者さんはいないから
誰かが症状に応じた適切な処方箋を
出してくれる訳ではないので
自分で「薬」を探さなければいけない

そうなったとき、どうせお金を払うなら
より強い薬を、効く薬を、となるのが
人の心理というもので、それゆえに
「会いたい」とか「一歩踏み出そう」とか
「自分を信じて」とか「勇気を」とか

もはや表現における劇薬というか
とにかく率直で単刀直入でわかりやすくて
身も蓋も侘び寂びもほとんどない
直接的な歌詞が重宝されるように
なってくるのではとすこし思ったのです

音楽はいつの間にか
くさかんむりがついて
音薬になってしまいました
ということなのではないかと

"

- いしわたり淳治オフィシャルブログ・KIHON THE BASIC (via misoka)

(misokaから)

"

モノをつくる、クリエイティブってのは音楽とか絵とか思われがちだけれどね、そうじゃない。

モノをつくるっていうと、みんな「自分的」なものばかりつくるでしょ。ぼく自身もそうだったから、それはよくわかる。でも、自分が編み出したと思っていたリズムも、実は昔からあったもので、そのことがわかったときに、モノづくりっていうのは何かが自分を通して過去から未来に通っていくだけだっていう風に感じたの。

結局のところ一番の衝動は楽しさなんだよ。自分が楽しくやるためにそうやってる。「ノッちゃうなあ」って感じ。そこに自分がいる。

"

- 細野晴臣『分福茶釜』より (via thinkupstudio, browse) (via angry-passion) (via takaakik) (via radioya)

1031s:

(via Facebook)

(misokaから)

"北野武氏が言っていたことであるが、回転寿司を3回がまんしても、おいしい寿司を食べない限り、貧乏を脱出する気にも頑張る気にもなれないということがある。貧しい人にあわせて安いものを提供する。この過程で、一般の人は物価が下がったと喜ぶわけだが、実は、その値下げの過程で、多くの人が失業したり、賃金カットにあったり、工場を中国に移されたりしている。"

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お金を使え -  海保博之 (via nagas)

2010-10-17

(via gkojay)

(misokaから)